あなたは『フリーダ』という映画で主演を務めたサルマ・ハエックという女優をご存知ですか?彼女はラテン系特有の独特な色気が魅力の、とても美しい女性です。
今回はそんなサルマ・ハエックの経歴や人間関係についてまとめてみたので、サルマのことが気になっている方は、ぜひ最後まで読んでみてください!
(トップ画像出典:https://www.10wallpaper.com/jp/view/Salma_Hayek-beauty_girl_photo_HD_wallpaper.html)
サルマ・ハエックの基本情報
- 本名:Salma Hayek
- 生年月日:1966年9月2日(2019年10月現在53歳)
- 出身地:メキシコ・ベラクルス州コアツァコアルコス
- 職業:女優
- 活動期間:1988年〜
- デビュー作:『Un Nuevo Amanecer(1988年)』
サルマ・ハエックはメキシコ出身の女優で、英語・スペイン語・アラビア語・ポルトガル語を使いこなせるマルチリンガルです。
石油会社で重役をしている父と、元オペラ歌手の母の間に生まれました。
言葉の壁に苦労したデビュー初期
前述で4ヶ国語を話せるマルチリンガルと説明しましたが、いきなりペラペラと喋れるようになった訳ではありません。
1988年、サルマは22歳の時にメキシコで放送されていたテレビ小説(メキシコではテレノベラと言うそうです。)『Mi Vida Loca』で女優デビューしました。
デビューした翌年にメキシコのテレビ小説『テレサ』で主役に抜擢されます。メキシコ国内で知名度を上げたサルマは、更なる飛躍を求めて24歳でロサンゼルスにお引越し。
当時は英語を全く話せない状態で、仕事を掴むのに大変苦労したそうです。女優ステラ・アドラーの元で演技指導を受けつつ、出演依頼がかかる日を今か今かと待ち続けました。
映画『デスペラード』のヒロイン役でブレイク
言葉の壁に苦労していたサルマ・ハエックは、彼女と同じラテン系の血を引く映画監督、ロバート・ロドリゲスと出会って役者人生に転機が訪れます。
1995年にロバート・ロドリゲスが監督を務めた映画『デスペラード』のヒロイン役に抜擢されたサルマ・ハエック。この映画の出演で彼女の知名度は急上昇しました。
『デスペラード』は、恋人をギャングに殺されたメキシコ人の男が、ギターケースの中に武器を仕込んでギャングに近づき、復讐を狙うというストーリーです。
この映画に出演したことがきっかけで、サルマ・ハエックはロバート・ロドリゲス監督が手がける作品に多数出演することになります。
サルマ・ハエックが出演していたロバート・ロドリゲスの監督作品
- 1995年 デスペラード
- 1995年 フォー・ルームス
- 1996年 フロム・ダスク・ティル・ドーン
- 1998年 パラサイト
- 2003年 スパイキッズ3-D:ゲームオーバー
- 2003年 レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード
サルマ・ハエックの代表作は『フリーダ』
サルマ・ハエックの代表作は2002年にアメリカで公開された映画『フリーダ』です。
『フリーダ』は、18歳の時に事故に巻き込まれたメキシコ人の女性画家、フリーダの伝記映画です。
サルマ・ハエックは事故の後遺症に苦しむフリーダを見事に演じ、アカデミー賞主演女優賞やゴールデングローブ賞主演女優賞にノミネートされました。
ちなみに彼女は本映画の製作も兼務し、裏方としてのキャリアも積み始めます。
サルマ・ハエックの出演作品一覧
サルマ・ハエックが出演している作品を一覧で紹介します。映画を探す時の参考にしてください。※一部抜粋となっております。
- 1993年 Mi Vida Loca 映画デビュー作品
- 1995年 ミラグロの瞳 主演
- 1995年 デスペラード
- 1996年 F.L.E.D./フレッド
- 1997年 愛さずにはいられない
- 1998年 54 フィフティ★フォー
- 1999年 ドグマ
- 1999年 ワイルド・ワイルド・ウエスト
- 1999年 No One Writes to the Colonel
- 2002年 フリーダ 主演 製作兼務
- 2003年 レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード
- 2004年 ダイヤモンド・イン・パラダイス
- 2006年 バンディダス
- 2007年 ロンリーハート
- 2011年 長ぐつをはいたネコ CGアニメ
- 2012年 闘魂先生 Mr.ネバーギブアップ
- 2015年 五日物語 -3つの王国と3人の女- 主演
- 2017年 ベアトリス・アット・ディナー 主演
- 2017年 ヒットマンズ・ボディガード
- 2018年 The Hummingbird Project
- 2019年 Drunk Parents
- 2020年 エターナルズ
- 2020年 Like a Boss
- 公開時期未定 Molly
- 公開時期未定 The Hitman’s Wife’s Bobyguard
- 公開時期未定 Bliss
- 1988年 Un Nuevo Amanecer テレビ小説 デビュー作品
- 1989年 テレサ テレビ小説 初主演作品
- 1997年 ノートルダム テレビ映画
- 2006〜2007年 アグリー・ベティ 製作総指揮兼務
- 2009〜2013年 30 ROCK/サーティー・ロック
『Ventanarosa』という映画プロダクション会社を設立
サルマ・ハエックは、1999年に映画プロダクション会社『Ventanarosa』を設立しました。
『Ventanarosa』が初めて製作に関与した映画が、1999年公開の『No One Writes to the Colonel』です。
本映画はコロンビアの小説家ガブリエル・ガルシア・マルケスが執筆した同名の小説を原作としており、サルマ自身もジュリアという役名で出演しています。
『Ventanarosa』はこの映画の他にも、テレビ映画の『In the Time of the Butterflies』や、テレビシリーズの『アグリー・ベティ』などを手がけました。
ハーヴェイ・ワインスタインからセクハラを受ける
サルマ・ハエックは主演・製作を務めた映画『フリーダ』の製作中、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインからセクハラ被害を受けていました。
ハーヴェイ・ワインスタインはプロデューサーとして高い能力を誇っていましたが、権力を利用して出演女優やスタッフに対して性的暴行を繰り返す男だったのです。
セクハラを受けた女性たちは、ハーヴェイの影響力を恐れて被害を発表出来ずにいました。しかし、2017年10月ごろから彼の悪行が次々と明らかにされ、ハーヴェイの地位はあっという間に失落します。
サルマ・ハエックも、2017年12月にアメリカの新聞『ニューヨーク・タイムズ』でハーヴェイから受けたセクハラ行為を長文で記載しました。
(参考:https://www.elle.com/jp/culture/a230893/cne-salma-hayek-confess-harvey-weinstein17-1214/)
サルマ・ハエックと親交が深い人物
この項目では、サルマ・ハエックと親交が深い人物を2名紹介します。
まず1人目は、女優のペネロペ・クルス。2人は20年以上の付き合いで、映画『バンディダス』で共演したり『パンクト』というテレビ番組でペネロペがサルマにドッキリを仕掛けたこともあります。
もう1人は、シングルやアルバムを累計1億3000万枚以上も売り上げ、音楽業界に伝説を残したミュージシャンのプリンスです。
プリンスが2005年にリリースした楽曲『Te Amo Corazón』のミュージックビデオの製作監督をサルマ・ハエックが担当したことをきっかけに、2人の親交が深まりました。
2009年にプリンスが発表したアルバム『MPLSound』の収録曲『Valentina』のタイトルは2007年にサルマが出産した女の子、ヴァレンティナにちなんで付けられたと言われています。
サルマ・ハエックの交際関係を紹介
ラテン系女性特有の美しさが魅力のサルマ・ハエック。交際関係がとても気になりますね。
サルマは過去に俳優のジョシュ・ルーカス(画像左)、エドワード・ノートン(画像右)、エドワード・アタートンなどと交際していました。
2006年4月から、フランスのファッションブランド『ケリング』のCEOフランソワ・アンリ・ピノーと交際を開始。1年近い交際を経てサルマが妊娠している事が発覚し、2007年3月下旬に婚約します。
その年の9月、サルマはヴァレンティナちゃんを無事出産しましたが、なんと2008年7月にフランソワとの婚約を破棄しました。破棄の理由は明らかになっていません。
サルマ・ハエックは今後シングルマザーとして娘を育てていくのかと思われてました。しかし、2人は復縁したようで2009年2月14日に結婚しました。このままいつまでも円満でいて欲しいですね。
サルマ・ハエックの紹介まとめ
今回はメキシコ出身の美人女優、サルマ・ハエックについてまとめてみました。いかがだったでしょうか?
彼女は2020年以降も既に5本の映画出演が決まっています。ラテン系女優としてまだまだその実力を発揮してくれそうですね!
ということで最後まで読んでいただきありがとうございました。この記事を読んでサルマ・ハエックへの興味が高まり、出演作品を手にとって貰えたら嬉しいです。