2019年で73歳になる大ベテラン女優、シャーロット・ランプリング。彼女は17歳から芸能活動を始め、人生の大半を女優として捧げてきました。
今回はそんなシャーロットの出演作品や交際歴から、父と共に30年以上も隠し続けた“ある秘密”に迫っていきます。
この記事を読めば、シャーロット・ランプリングの経歴について詳しくなれるので、ぜひ最後までお楽しみください!
(トップ画像出典:https://www.fandor.com/posts/charlotte-rampling-conquers-aging-by-embracing-it)
シャーロット・ランプリングの基本情報
- 本名:Tessa Charlotte Rampling
- 生年月日:1946年2月5日(2019年11月現在73歳)
- 出身地:イングランドのエセックス州スターマー
- 職業:女優・歌手
- 活動期間:1963年〜
- デビュー作:『ナック(1965年)』
シャーロット・ランプリングはイギリス出身の女優です。幼少期にフランスやスペインに住んでいたことがある為、語学が堪能です。
彼女は出身地であるイギリス映画の他、フランスやイタリアといったヨーロッパ諸国の芸術映画でも活躍しました。
シャーロット・ランプリングの父は400mリレーの金メダリスト
シャーロット・ランブリングの父はゴトフリー・ランプリングです。ゴトフリーは陸上競技の選手で、1936年開催のベルリンオリンピックに4×400mリレーで出場し、見事金メダルを獲得しました。
シャーロットとゴトフリーの間には30年以上も守り続けられた“ある秘密”があります。どんな秘密だったのかは、記事の後半で紹介します。
彼女はこの偉大な父ゴトフリーと、画家をしていた母イザベルの間に生まれました。また、シャーロットには3歳年上の姉サラがおり、姉妹はとても仲が良かったそうです。
イタリア映画『愛の嵐』で披露した独特なファッションが話題に
1960年代前半から、広告モデルなどで芸能活動を始めていたシャーロット。1964年公開のイギリス映画『A Hard Day’s Night』へのエキストラ出演を皮切りに、役者としても活躍し始めます。
彼女は映画『地獄に墜ちた勇者ども(1969年)』や『Henry VIII and His Six Wives(1972年)』などに出演。初期の経歴で最も有名な映画は、1974年公開の『愛の嵐』です。
イタリア映画の『愛の嵐』は1957年のウィーンを舞台に、第二次世界大戦中ナチスの将校だった男マックスと、ナチスが迫害していたユダヤ人の生き残り、ルチアが偶然出会うという物語。
シャーロット・ランプリングはメインヒロインのルチアを演じ、ルチアが映画で魅せたセクシー衣装のダンスシーンは、当時とても話題になりました。
『さざなみ』でアカデミー主演女優賞にノミネート
シャーロット・ランプリングは2015年に公開された映画『さざなみ』で、アカデミー主演女優賞にノミネートされました。これは彼女の51年にも及ぶ女優人生で初めてのことです。
『さざなみ』は、ある熟年夫婦の元に届いた一通の手紙をきっかけに、長年築いた2人の愛や信頼関係が揺らいでいく人間ドラマが描かれています。
シャーロットは45年間夫と連れ添った女性、ケイト・マーサーを演じました。『さざなみ』は、男と女の恋愛・結婚に対する価値観の違いがよく表現されている大人向けの名作です。
2017年公開の主演作品『ともしび』を紹介!
『さざなみ』によって久々に脚光を浴びたシャーロット・ランプリングは、その2年後の2017年に『ともしび』という映画でも主演を務めました。
『ともしび』は、ベルギーのとある街で平穏な暮らしを送っていた老夫婦を主人公にした作品です。
夫が犯したある事件をきっかけに人生の歯車が狂い始め、妻も過去に犯した過ちに囚われ、次第に深みにはまっていくという泥沼の人間ドラマが描かれています。
シャーロット・ランプリングは主役の女性アンナを演じ、ヴェネツィア国際映画祭で女優賞を受賞しました。
シャーロット・ランプリングの出演作品一覧
シャーロット・ランプリングが出演している作品を一覧で紹介します。かなり数が多いので、主要な作品のみに絞りました。
※太字になっているタイトルは、シャーロットの演技が映画賞に選ばれている作品です。
- 1965年 ナック デビュー作品
- 1969年 地獄に墜ちた勇者ども
- 1974年 未来惑星ザルドス
- 1974年 愛の嵐
- 1977年 オルカ
- 1980年 スターダスト・メモリー
- 1982年 評決
- 1984年 ヴィバラビヴィ
- 1985年 He Died with His Eyes Open
- 1985年 美しさと哀しみと 主演
- 1986年 マックス、モン・アムール 主演
- 1987年 エンゼル・ハート
- 1997年 鳩の翼
- 1999年 The Cherry Orchard 主演
- 2000年 まぼろし 主演
- 2000年 Under the Sand 主演
- 2002年 キスはご自由に 主演
- 2003年 スイミング・プール 主演
- 2004年 ゴッド・ディーバ
- 2004年 家の鍵
- 2004年 Immortal
- 2005年 Lemming
- 2006年 完全なる不一致 主演
- 2007年 エンジェル
- 2008年 ある公爵夫人の生涯
- 2009年 言いたいことがある
- 2010年 わたしを離さないで
- 2011年 ブリューゲルの動く絵
- 2011年 The Eye of the Storm
- 2012年 クリーンスキン 許されざる敵
- 2013年 リスボンに誘われて
- 2013年 17歳
- 2015年 さざなみ 主演
- 2016年 アサシン クリード
- 2017年 ベロニカとの記憶
- 2017年 ともしび 主演
- 2018年 レッド・スパロー
- 2018年 The Little Stranger
- 2019年 Valley of the Gods
- 2019年 Benedetta
- 2020年 Dune
- 1976年 ロジャー・ムーア/シャーロック・ホームズ・イン・ニューヨーク テレビ映画
- 1999年 大いなる遺産 テレビ映画
- 2003年 ローマン・エンパイア テレビ映画
- 2012年 Restless テレビ映画
- 2013年 デクスター 警察官は殺人鬼
- 2015年 ブロードチャーチ〜殺意の街〜
- 2015年 ロンドン・スパイ
ヨーロッパ映画アカデミーから生涯貢献賞を授与される
1960年代から2019年現在に至るまで、役者の世界で活躍し続けたシャーロット・ランプリング。
ヨーロッパ映画アカデミーは彼女が映画界に与えた影響を讃え、2015年に『生涯貢献賞』を授与しました。
『生涯貢献賞』とは、ヨーロッパ映画アカデミーが1988年から始めた名誉賞です。過去の受賞者には女優のジュディ・デンチや俳優のショーン・コネリーなどがいます。
シャーロット・ランプリングが父と交わした“ある秘密”とは
ここでいよいよ、冒頭で記載したシャーロットと父ゴトフリーの間に交わされた“ある秘密”について紹介します。その秘密とは、シャーロットの姉サラの死についてです。
サラ・ランプリングは1966年、23歳という若さで亡くなっており、当初死因は脳出血による病死だと言われていました。しかしゴトフリーだけは彼女の死が自殺だったことを知っていたのです。
亡くなる少し前にサラは赤ん坊を早産し、産後鬱の状態でした。彼女が死亡してから3年後、ゴトフリーはシャーロットにだけ死の真相を話し、長い間2人だけの秘密にしてきました。
繊細な性格の母イザベルには、ショックが大きすぎるとゴトフリーは考えたのです。2001年にイザベルが他界したことをきっかけに、シャーロットは30年以上の沈黙を破り、姉の死について語るようになりました。
(参考:https://www.harpersbazaar.com/jp/celebrity/celebrity-interview/a58545/lcu-monologue-by-charlotte-rampling-180117-hbr/)
シャーロット・ランプリングと長年連れ添った恋人を紹介
若手時代は絶世美人だったシャーロット・ランプリングの、これまでの交際関係を順に紹介します。
まず最初のお相手は、ニュージーランド出身の俳優ブライアン・サウルコム。2人は1972年に結婚し、1人の男の子をもうけた後、1976年に離婚しました。
ブライアンと別れた2年後、シャーロットはフランスの作曲家ジャン・ミッシェル・ジャールと再婚し、2人目の男の子が誕生します。
シャーロットとジャン・ミッシェルは長年寄り添いましたが、1996年に関係を終わらせました。
その後はフランス人ジャーナリストのジャン・ノエル・タッセ(画像なし)と交際開始。2人は付き合い始めてすぐに婚約します。しかしシャーロットには結婚願望がなく、15年以上も婚約したまま生活しました。
ジャン・ノエルはいつのころからかガンを患っており、長い闘病生活を経て2015年10月に亡くなっています。
彼が逝去してから不思議なことに、当時新作だったシャーロット主演の『さざなみ』が急に話題作となり、シャーロットは生まれて初めてアカデミー主演女優賞にノミネートされました。
この出来事について、シャーロット・ランプリングはニューヨークのファッション誌『Harper’s BAZAAR』のインタビューで、このようにコメントしています。
私は常に、見えない力を信じてきた。そういうものとつながっていると感じるし、これまで私を助けてきてくれたと思う。たとえ愛する人が亡くなっても、その人にかなり長いあいだ護られていると信じている。自分の周りにその人の存在を感じるし、お互いに助け合いもする。私はジャン・ノエルが亡くなったあと、何カ月も私と一緒にいてくれるように感じていた。ある時、友達が言った。「彼がいなくなったら、その時はわかるわよ」と。そのとおり、私にはわかった。そして、彼がもういなくなっても大丈夫だと思った。その時が来たとわかったのだ。
(引用:https://www.harpersbazaar.com/jp/celebrity/celebrity-interview/a58545/lcu-monologue-by-charlotte-rampling-180117-hbr/)
シャーロット・ランプリングの紹介まとめ
ヨーロッパ映画界に半世紀以上も貢献した大ベテラン女優、シャーロット・ランプリングについて紹介させていただきました。
酸いも甘いも知り尽くした彼女の演技は、今もなお進化を続けています。まだまだ女優として華を咲かせてくれると思うので、これからも彼女のことを応援していきましょう!
ということで最後まで読んでいただきありがとうございました。この記事を読んでシャーロット・ランプリングについて知っていただけたら、これまでの出演作品を視聴してみてくださいね。