今回紹介する女優、サラ・ジェシカ・パーカーは1998年〜2004年まで放送されていたテレビドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』の主人公キャリーを演じたことで有名な大物役者です。
本記事ではサラの出演作品や収入、家族関係をまとめていますので、彼女の経歴について知りたい方はぜひ最後まで読んでみてください!
サラ・ジェシカ・パーカーの基本情報
- 本名:Sarah Jessica Parker
- 生年月日:1965年3月25日(2019年11月現在54歳)
- 出身地:アメリカ合衆国オハイオ州ネルソンビル
- 職業:女優・プロデューサー
- 活動期間:1974年〜
- デビュー作:テレビ映画『The Little Match Girl(1974年)』
サラ・ジェシカ・パーカーはオハイオ州にあるネルソンビルという街出身の女優、プロデューサです。
実業家でありジャーナリストの父スティーブンと、幼稚園の先生をしている母バーバラの間に生まれました。
サラ・ジェシカ・パーカーの女優デビューは子役から
1974年のクリスマスイブに放送されたテレビ映画『The Little Match Girl』がサラ・ジェシカ・パーカーの女優デビュー作品です。ちなみに彼女は当時9歳でした。
『The Little Match Girl』は日本語では『マッチ売りの少女』です。このタイトルなら馴染み深い人も多いのでは?サラは主人公のマッチ売りの少女を演じています。
『The Little Match Girl』出演から2年後にブロードウェイの舞台に立ち、舞台役者として『The Innocents』や『アニー』といった演劇に出演しました。
1984年公開の『フットルース』に出演し、映画デビュー
1984年、19歳になったサラ・ジェシカ・パーカーは『フットルース』という作品で映画デビューします。
『フットルース』は田舎に引っ越してきた都会出身の高校生レンが、地元住人たちとの価値観の違いに戸惑いつつも、徐々に交流を深めていくという青春ストーリーです。
サラ・ジェシカ・パーカーは、レンが通う高校の女子生徒ラスティを演じました。
公開当時は社会現象にもなった大ヒット作品で、のちにミュージカル化されたり、2011年にはリメイク版も公開されました。日本でもサントラが当時の洋楽アルバムチャートで18週連続1位を記録しています。
テレビドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』で大人気に
長い芸能キャリアを誇るサラ・ジェシカ・パーカーの代表作は、テレビドラマとして始まった後、2度も映画化された『セックス・アンド・ザ・シティ』です。
『セックス・アンド・ザ・シティ』は、ニューヨークに住む30代女性4人組の活躍をユーモラスに描いた作品です。
1998年6月にシーズン1が放送開始されるとたちまち人気が沸騰し、2004年までに6シーズン全94話が放送されました。2008年と2010年には劇場版が公開され、大ヒットを記録しています。
サラ・ジェシカ・パーカーは主人公でありストーリーテラーのコラムニスト、キャリー・ブラッドショーを演じました。
『セックス・アンド・ザ・シティ』について独特な考察を語る
2019年11月5日、サラ・ジェシカ・パーカーは先述した代表作『セックス・アンド・ザ・シティ』の設定について、おもしろい考察を語りました。
『セックス・アンド・ザ・シティ』に登場する4人の主要キャラクターは友人同士なのですが、「主人公キャリー以外の3人は、キャリーがでっち上げた空想の存在ではないか?」と考えているそうです。
その根拠については、インタビュー中の発言を引用させていただきます。
「だって毎週キャリーはストーリーを語り、それは彼女の視点だわ。そして、”常”に彼女の見方なのよね。(ファイナルシーズンで)キャリーがパリに行ってパソコンを置いて行った時に、初めて彼女はストーリーを語らなかった。全シリーズを通して初めてよ。少し考えてみて。キャリーは、視聴者が知っているシャーロットとミランダ、サマンサについて語られたパソコンを置いていったの」
(引用:https://www.excite.co.jp/news/article/Dramanavi_046337/)
上記コメントに続いて「仮にでっち上げだとしても、シャーロット・ミランダ・サマンサはシリーズに欠かせない存在」と話しています。
サラ・ジェシカ・パーカーの出演作品一覧
サラ・ジェシカ・パーカーが出演している作品を一覧で紹介します。映画を探す時の参考にしてください。※一部抜粋となっております。
- 1984年 フットルース
- 1984年 家族の絆
- 1985年 ハイスクールはダンステリア
- 1986年 ナビゲイター
- 1991年 L.A.ストーリー/恋が降る街
- 1992年 ハネムーン・イン・ベガス
- 1993年 ホーカス ポーカス
- 1993年 スリー・リバース
- 1994年 エド・ウッド
- 1995年 マイアミ・ラプソディー
- 1996年 失恋セラピスト
- 1996年 大いなる相続
- 1996年 ファースト・ワイフ・クラブ
- 1996年 ボディ・バンク
- 1996年 マーズ・アタック!
- 1997年 あなたに逢えるその日まで…
- 1999年 ダドリーの大冒険
- 2000年 イズント・シー・グレート
- 2002年 アイ ラブ ヒットマン
- 2005年 幸せのポートレート
- 2006年 恋するレシピ 〜理想のオトコの作り方〜
- 2008年 セックス・アンド・ザ・シティ 製作兼務
- 2009年 噂のモーガン夫妻
- 2010年 セックス・アンド・ザ・シティ2 製作兼務
- 2011年 ケイト・レディが完璧な理由
- 2011年 ニューイヤーズ・イヴ
- 2016年 All Roads Lead to Rome
- 2018年 Here and Now 製作兼務
- 1974年 The Little Match Girl テレビ映画
- 1987年 ルーム・アップステアーズ/空き部屋あります テレビ映画
- 1988年 ミッドナイト・プリズナー テレビ映画
- 1989年 熱砂の恋/アヴァンチュール・サマー テレビ映画
- 1990年〜1991年 7人の検事
- 1992年 ジェシカ/無垢なる願い テレビ映画
- 1995年 サンシャイン・ボーイズ/すてきな相棒
- 1998年〜2004年 セックス・アンド・ザ・シティ 製作総指揮兼務
- 2012年 glee/グリー
- 2016年〜2019年 Divorce
- 2016年 Nightcap
真似する人が続出するほどのファッションセンスの塊
『セックス・アンド・ザ・シティ』の大ヒットにより知名度と人気を爆発させたサラ・ジェシカ・パーカーは、そのファッションセンスの高さから彼女の服装を真似する人が続出しました。
ファッションセンスを活かして、サラが自らプロデュースした『ラブリー』『コベット』という香水を販売したり『Bitten』というファッションブランドを立ち上げるなど、女優以外の仕事にも力を入れています。
他にも日本の女性向け高級ブランド『サマンサタバサ』とコラボレーションして、サラ・ジェシカ・パーカーがデザインしたカバンやジュエリーなどを発売したことも。
豪邸に住んでいるセレブ女優サラ・ジェシカ・パーカー
女優としての活躍や、ファッションブランドの成功で大金を稼いだサラ・ジェシカ・パーカーは、2010年に約17億円もする豪華なタウンハウスを購入しました。
リビングの広さはおよそ100㎡で、8つも寝室があったり、お風呂が10ヶ所も存在するなど、庶民には理解が追いつかないほどセレブな住宅です。
2010年8月にアメリカの経済誌『フォーブス』が発表した当時のサラの収入は、日本円で約22億5000万円にもなります。
2011年はサラが主演・製作を務めた映画『セックス・アンド・ザ・シティ2』がヒットしたことも影響し約24億円もの収入があったそうです。それだけあれば、17億円の豪邸にも余裕で住めますね!
サラ・ジェシカ・パーカーの交際関係を紹介
ファッションセンス抜群で大金持ちなサラ・ジェシカ・パーカーの、交際関係はどうなっているのでしょうか?
1984年に俳優のロバート・ダウニー・Jrと交際をスタートさせました。順調に関係を進めていた2人ですが、ロバートは薬物常習者で何度も逮捕されており、それが元で1991年に破局しています。
ロバートと別れた6年後の1997年、サラは俳優のマシュー・ブロデリックと結婚しました。2002年には長男のジェームズくんを出産。
サラの体力を考慮してか、2009年に代理母出産を利用しました。その結果双子の女の子が産まれ、すくすくと育っています。
サラ・ジェシカ・パーカーとマシュー・ブロデリックの関係は良好で、2019年11月現在も5人家族で仲良く暮らしているようです。
サラ・ジェシカ・パーカーの紹介まとめ
世界中で大フィーバーとなった『セックス・アンド・ザ・シティ』で実績・収入共に大成功を納めた女優、サラ・ジェシカ・パーカー。
2019年11月にサラが過去に出演したディズニー映画『ホーカス ポーカス(1993)』の続編が企画されている事を自身のインスタで暴露しました!
映画の詳細については彼女自身も『指示待ち中』だそうです。早く公式に情報が解禁されると良いですね。
ということで最後まで読んでいただきありがとうございました。この記事を読んでサラ・ジェシカ・パーカーについて興味を持っていただけたら、出演作品もぜひご覧ください。